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古い友・昔の仲間たち
船橋で  08.11.21

 時々近況報告してくれるかつての仕事仲間 今は課長職になった村上君に 「久しぶりに 千葉組の顔を見たいね 年末でみんな忙しいだろうから 少人数で一席設けよう・・・」 そんな話をしておいたら 早速手配してくれ今日はその日

「『少人数で』とい言うことだったので 千葉組全員には声を掛けなかったのですが 結局これだけになってしまいました・・・」幹事役は恐縮していましたが 
「いや 嬉しいことだよ」 この夜 13人が集まって

 その中には 本社勤務時代の仲間も来てくれ 多娯作にとって 
とても楽しい夜 場所は昔懐かし千葉組のエリア 船橋の料理屋で・・・



 

 日本の経済もおかしくなって 7年前まで多娯作が昔お世話になっていた仲間たちの会社だって 厳しい時代を迎えているであろうに 
この夜ばかりは昔に戻って いつもながら和気藹々で・・・

 

長年東北転勤で会うことできず 久しぶりに顔を見せた仲間もいます。

みんなに逢うと 若かった時代に戻れます・・・

 


 その昔 問題児で 何かと苦労の種だった男もいます 今は会社を去った彼ですが いつも年賀状に 「飲み会があったら 必ず声を掛けて下さい」 
そんなことが書いてあったネ
・・・
 
「未だ独身で 本社でガンバッテます」 そんな彼女もいました。

 遠い昔に会社を去り 起業した男もいます
「このところインターネットでの販売が好調です」 そんな報告を聞いて 
「我がことのように嬉しく思ってるよ」 そんな仲間も来てくれました。

「みんな忙しい中 遠いところから出て来てくれてありがとう 
元気そうな顔に出逢えて 多娯作はとても嬉しいよ・・・」


 

「今 四国で仕事中です 残念ながら 顔出しできませんが・・・」
「出席する予定でしたが 明日から検査入院で ザンネンです・・・」

そんな電話も2〜3掛かってきました
 「次のチャンスもあるヨ みんな元気でナ・・・」

 

幹事役が 言ってました
「今日はこれだけだったのですが 新年会では千葉組全員に声を掛けますから 
来年を楽しみにしていて下さい」 
「楽しみに待ってるよ みんなも 岬へ遊びにオイデ・・・」

出逢いの余韻引きずって 多娯作ひとり最終電車で岬町へと帰ってきました。
カフェ「多娯作」今日のお客は 08.9.15

 この3連休に 房総を旅して我が家にやって来たのは 
かつての仕事仲間 O夫妻と彼の妹さん 今日は「敬老の日」 
そんな訳で 我らお年寄りをいたわりにやって来たのでしょうか? 
それはともかくとして 昔仲間の元気な姿を見るのは 嬉しいことです。

 

取り敢えずカフェ「多娯作」で一服して 多娯作ツアーに・・・
昨日案内した 原田夫妻に続いて 今日もブラウンズフィールドからスタート

 
昨日はこんな感じでした 今日も エバレットさん デコさんは不在で・・・

 
ジンバブエの原始的楽器を奏でたり 今日も いろいろなお店が並んで

 

 下山田ファミリーはじめ 顔見知りも何軒か出店していて

 

 ここは世界を放浪して来た人や 放浪中の人 音楽をこよなく愛する人 
ある種特定の世界に 
特別なこだわりや 思い入れを持つ若者たちが集まるスペース
 場違い ミスマッチとは知りつつも 我ら多娯作ツアー一行も参入 
しばし 遊ばせてもらってきました。




トムソーヤみたいなツリーハウスで



 ブラウンズフィールドを後にして 続いて昨日の千葉日報朝刊で 大きく取材記事が掲載されていた 國房さんのお宅を訪問 今日も何やら美人の訪問を材を受けられていたようでご多忙の中 しばしお付き合いしていただきました。

3連休の最後の日 「道路が渋滞しないうちに」 と 夕刻には帰って行きました
「また 遊びにオイデ・・・」


                友へ (告別式で)  7月21日

 「勝ちゃん ちょっと早過ぎないか?・・・」 思わず 棺の中の貴方に向かって話しかけたけど・・・返事はなかったネ
 最後に貴方に会ったのは 去年のOB会だっただろうか?
 その時こんど岬の あなたの所へも遊びに行くよ・・・」
 待っていたけど でも 約束が叶うことはなかったネ

 自己主張も強く 一方でバランス感覚も持ち合わせていた貴方は サラリーマン人生を全うしたのだと思ってるよ・・・
 
 10数年前 新橋の居酒屋で 「貴方とイッパイやってるとき 初めて見たトルコキキョウの花が 我が家の庭でも 咲き始めたよ」
 

 能力に乏しく 義理と人情だけでサラリーマンやってた私にとって 貴方は良き理解者のひとりだったし 精神的に支えてもらったこともあったよね 最後まで都会でガンバッタ貴方だけど 本当は田舎暮らしにも 未練はあったのじゃないのかな?・・・
 
 今日は久しぶりに 昔の会社仲間にもたくさん会ったヨ 会社も随分変貌したようで 残念ながら 私が愛した会社の面影は見つけられなかったネ 

 「時代が代わり 人の心も代わって行くのだろうけど 自分は自分らしくここ岬町で 最後の多娯作人生を全うしたいと思ってるヨ 貴方も海は好きだったよネ 私はこの岬町で多くの 気のおけない仲間と知り合い 喜び楽しみを共有し 時に助け合って生きる暮らしに 満足感と幸福感を感じてるヨ 一度でいいから ここでの暮らしを見に来てもらいたかったネ」


 若くして逝った 二人の共通の友人だった阿部所長の時は 子供さんが小さかったので 悲壮感強く泣けたよネ 私と同じ浪花節で人生を貫いた 荒川所長が逝った時も むなしさと脱力感に包まれたよネ 今日棺の中の貴方に会って 何故か自分の姿を見ているような錯覚に襲われましたヨ ゴメンナサイ不謹慎かも知れないネ・・・
 生まれた年も一緒だから 私がそこにいても不思議はないのだろうけど 私自身も明日かもしれない 数年先かも知れない いずれ貴方の世界に仲間入りする日がくることは間違いないのだから・・・
 
 今日ご家族のお顔も拝見したけど 子供さんもしっかり成人してるし 悲しみにくれる奥さんもいずれは立ち直って 元気に人生を送るものと確信してるよ 残されたご家族のことは心配せずに 天国でゆっくり休んでください ご家族の安寧を見守ってあげてください いずれ貴方の世界で再会しましょう 先にいって良さそうな席を探しておいてください 暫くの間「さようなら」
  
        
              仲間の訃報  7月20日

  「わだつみ美術館」でのイベントに参加している最中 かつての部下数名から電話が入り 「Tさんが亡くなりました」 とのこと 一学年上の彼ですが 同年代を生きてきたいわば戦友のような かつての仲間の訃報に接し 様々な思い出が蘇りました。

 山口県出身の彼は関西エリアで勇名を轟かせ 20代の後半に東京本社に 肩で風を切るように転勤してきました お互いに若くして営業所長になった為 20代30代の頃は営業所長会議で切磋琢磨し あるいは酒を酌み交わし 若さゆえの激論を交わし 夢を語り苦楽を共にした仲 社歴は彼の方が長かったので 頼りになる先輩であり同僚でした。
 40代50代では 営業部長会議や事業部長会議などで業績を競い合ったり 会社のビジョンなど語り合ったものでした。

 頭脳優秀な彼は 向上心も強く自己実現に向かって その能力を遺憾なく発揮 重職を勤め
たのですが 能力も野心も不足していた私は 彼とは違う人生観で 予定通り自己実現の道へ 50代半ばで会社を去りました。

 私の場合2〜30歳代の営業所長時代から 部下や後輩に対し 「娑婆の人生3万日」 と語り続け 2万日を終える55〜6歳以降は 恐らく子供も成人しているであろうから 残りの1万日は自己実現に向かって好きなように生きる 恐らく会社を去っているであろう 「その為には1万日を過ぎた今 税金を少しでも多く支払うことも含め 如何に社会貢献しながら自己実現に向かうか それが最も大切である」 そのように言い続けてきました。
 時代は高度経済成長期ですから 毎日多忙で 私自身モーレツ社員のはしくれでした 仕事も遊びも人一倍 一所懸命生きてきたつもりです。

 そんな訳で部下や仲間たちへの公言どおり 私は50半ばにして会社を去り 以後ここ岬町で新たな人生を歩むにあたって 過ぎた過去を引きづらないためにも 在籍した会社とは距離をおいて生きてきました。
 そんな訳で 最近の情報は判らないのですが 本日訃報が舞い込んだ彼の場合 つい最近まで会社に籍を置いていたように 風の噂で聞いてました。
 
 彼との思い出で 忘れがたいひとつに お互い未だ20代の後半だった頃 「ひとつ芸者遊びなどしてみよう」 などということになって 私が音頭をとって 気の合った所長仲間数名を集め とある料亭や 時には鬼怒川温泉まで遠征して ドンチャカ騒ぎをしたこともありました お互いに生意気盛り 恐れを知らない無謀な時代も過ごしてきました。
 中年以降は好きな海釣りや 仕事からの帰りがけ新橋サラリーマン恒例 「軽くイッパイ」など 一緒に楽しんだこと 懐かしく思い出します
 若い頃は豪放磊落だった彼ですが 中年になってからは禁煙したり ジョギングをしたりして かなり健康維持に気を遣っていたようです。
 健康診断も満足に受けず かなり適当に生きてきた私の方が長生きするとは 世の中不思議なものです。

 しっかり者の彼のことでしたから 自分なりに人生悔いなく 自己実現しつつ生きてきたことと察しますが 医療科学も発達した現代にあって 60代での幕引きはいかにせん早すぎます。
 今はTさんのご冥福を 心からお祈りすることしかできません 「これを書いている今も 貴方と共通の部下たちから 貴方の訃報を知らせる電話が あちこちから掛かってきます 貴方と過ごした 青春時代の幾多の時間 幾多の思い出は忘れません 今は安らかにお眠り下さい」 合掌
 
            6月21日 昔仲間からメールが届く

 部長・ご無沙汰してます。

 部長も新橋で OB会だったんですね。
 私も先週金曜・森部長が引退との事で、大倉さんや、松野さん等・
 旧営業一課のOB会行ってきました。
 夏井さんも来てて、部長の話で盛り上がりました。
 高倉さんも3月で引退しちゃって・・・。
 房総族「多娯作」を拝見しますと、部長は益々元気で絶好調な様子。
 我が家も美空は中三・善太は中一で、まぁクラブに勉強にボチボチやってます。
 その内、また寄らせて頂きます。
                       鈴木善久


  新橋で「OB会」があったのではなく、たまたま落語会で新橋に行ったので、昔の仲間に付き合ってもらっただけです。
 機会を作って また遊びに来られたし・・・  多娯作

昔懐かし新橋で 6月3日



待ち合わせの名所 駅前の機関車広場



退職後、本社があった新橋にもほとんど行った事がない多娯作でした
この日は、桂都丸師匠の落語を聞きに内幸町ホールへ
開演までに時間があったので、昔仲間を呼び出し、焼酎を付き合ってもらって
昔に返って、楽しいひとときでした「ありがとうネ・・・」

偶然の出会い
 5月5日

    

 
仕事時代の仲間ファミリーが偶然、太東埼燈台祭りにやってきて、
多娯作をみつけ声を掛けてくれました、ビックリです。
 社内結婚の二人でしたが、どちらもかつての部下、奥さんとは20数年ぶりの対面、 
いっとき 昔に返って懐かしく・・・
「食事をしたい・・・」というので、だるま庵を紹介しておきました


   
すっかり奥さんになってしまって・・・ 「また、遊びにオイデ」


            25年ぶりの再会 鎌田さん

 我が家の前に小さなオートバイが停まって、私の名前を呼んでいる・・・
 一瞬 誰だか判らなかったのですが、「カマタですよ、・・・」名前を名乗られて思い出した、
およそ30年前に千葉駅の地下にあった喫茶店「マーメイド」の店長をされていた鎌田さんでした。
 予告も無く突然の来訪、、少し年上の先輩でしたが、「酒が好き、釣りが好き、落語も大好き」という方で趣味が一緒、とても気が合い、それはもう、とてもとても懐かしく・・・


 家に上がってもらって、近況報告と昔話を何しろ離れてからほぼ25年が経っている、以後は年賀状だけのやりとりや近況報告でしたが、とても気になる存在でした。
 
「去年思いがけずも、女房が事故で亡くなり、自分自身も心臓に異常が見つかり、ペースメーカーを入れている」とのこと
「それでも好きな酒とタバコは止められないよ・・・」んな話
 こちら酒はめっきり弱くなって、タバコも止めちゃったけど、相変わらず鎌田さんは意思が堅いようだ・・・

 思い出せば今から30年も昔、未だルアーを使った釣りがマイナーな時代、千葉港の守山釣り船店から船を出し、東京湾夜のルアー釣りで、スズキやフッコを追いかけたこともありました。
 夏になればワタリガニを網ですくいに出掛けたり、冬にはケタハゼの微妙なアタリを楽しんだり、お互いに、酒と釣りという共通の趣味がありました。

 夜は当時賑やかだった繁華街、千葉栄町の居酒屋や
小料理屋で
イッパイ、ドイツパブでアコーディオンに合わせて歌ったり、落語全集を聴きながら風流に遊んだこと思い出す、「今は昔、遠い日、若き日の、懐かしい時代を共有したお友達」
 
 お互いに頭のテッペンは限りなく薄くなってしまったけれど、50ccの小さなバイクで千葉市内から2時間掛け、我が家を探し当てて来てくれた、その気持ちがとっても嬉しくて、「今は年金暮らしだけど、自宅に閉じ篭ってもつまらないので、月のうち半分ぐらいはガードマンの仕事に出ているよ、あちこちの現場でいろいろな人たちと出会いがあって、けっこうそれが楽しくてネ、暫く止めていたけど、海の船釣りも最近復活したよ・・・」

 そんな話でした、確か彼は若い頃東京の帝国ホテルで働いていた経験もあったと思うのだがいずれにせよ再会を喜び、これからちょくちょく連絡取り合って、旧交を温めることと致しましょう、 「今日も、いい日でした」
 今夜は津田沼で 9月21日

 職場を離れて早6年、10年も昔の仲間や、20年以上前に一緒だった仲間たち、今夜の発起人は、「急遽ゴルフの予定が入って、すいません欠席します」とのこと、「あいつなら、さもありなん・・・」、他にも「秋の人事異動に伴う送別会で、欠席します」 という仲間もいました。
 
 それでもこれだけの昔仲間が集ってくれ嬉しい限り、未だ出来上がってもいない岬の家の新築祝い前夜祭を開いてくれました、「人数が多ければいい、ってものじゃないよナ感謝してるよ」


 

 みんな元気そうで何より、嬉しいことで・・・、昔の仲間たちのことは、今でも気になり心配してます、こんな機会に、近況を聞かせてもらってます。

  

 「新築のお祝いには何がいいですか?」
 「そうネ、ロッキングチェアーがいいかな、今まであまりにも忙しい田舎暮らしだったから、
これからは近所付き合いを少し減らして、ノンビリと本でも読みながら、
ユラユラ揺られて生きていこうかネ、ムリかもしれないけど・・・」


   

 「私も、もう50ですよ」 一人がそんなことを言ってました。
 理不尽で不公平なことが多い世の中だけど、「公平にやってくるのは年齢だけだよナ・・・」
 いつもならこれから二次会、三次会で張り切るところですが、
歳を重ね少しは落ち着く年代になってきたのは、元の部下だったみんなも同じこと
3時間飲み放題の宴会はこれにてお開き、感謝してゴッソーになっちゃいました。
 
再会を約して

 「今夜来られなかった仲間たちにも、元気でガンバルように言っといてくれよ
活躍祈ってるよ、小さな家だけど、出来上がったらまた遊びにオイデ
その時はイセエビをゴッソーするよ ・・・」

 

 「多娯作はこれからも社外応援団で、昔の職場やみんなのことを応援してるヨ、子会社に異動になった平松ちゃんにも、会社の火災保険に入ること、伝えておいてヨ・・・」

   スポーツパブ 「マリーンズ26+ONE」 5月25日

 幕張本郷駅のすぐ近く、千葉をフランチャイズとするロッテマリーンズを応援する元気なお店,
昔仲間の幸代と一緒に行ってきました。
 この日、バレンタイン監督はいなかったのですが、ロッテ選手のユニフォームや野球関連グッズが飾られていて、ロッテフアンやスポーツ好きな若者たちが楽しく集うところ。

    


  かつての仲間 林や幸代と近況報告と昔の思い出話で夜遅くまで盛り上がる。
林は昨年大病がみつかり、長いこと病院通いをしていたのですが、治療の甲斐あって、今はかなり元気になり嬉しく思ってます。
 ここのお店で1年前、千葉組の多くの仲間たちとダーツゲームで遊んだことがありました、そんなことも思い出した夜,昔仲間と出会うと気持ちも若返って、とてもいいものです。

         
 
      
        小野里さん仲間を連れて、やって来た  4月10日

 
久し振りに岬にやってきた古き友人、30数年前の千葉時代に懇意になった懐かしき友、いつもの「だるま庵」に案内して会食、車なので飲む訳にはいかなかったけれど、2年ぶりの再会、今日ものどかな里山の一日、だるま庵には多娯作倶楽部伊藤さんも車を取りに来ていた。(昨夜の宴会で私同様車を置いて帰宅したので、しかも昨夜花見宴会のアト、大藪さんと二人してホタルの幼虫上陸の様子を、観察に行ったとのこと、「偉い」 我々は飲んだクレていたこと、少し反省)

  

 だるま庵
そばセット
注文すると、小鉢料理の品数にビックリ、喜んで食べていた。

 その後吉田さんのお宅にも案内、たまたま多娯作倶楽部仲間の鶴さんと耕平さんも居合わせ、働き者の二人は、畑で使う竹の切り出しをしていた、いつもの調子、みんなで冗談応酬のヨタ話を・・・

 
相変わらず若く見える小野里さん、聞くと鶴さんと同年とのこと、とてもそんな歳には見えません羨ましい限りです。
 
「今日も、楽しい春の日でした、またの来訪待ってます」
 
    秀ちゃんと土井さん  3月22日

 暫くご無沙汰していた二人の友人から電話が入った、一人は秀ちゃん学生時代からの友人である、彼は定年後も会社に残り、嘱託として仕事も続けていたが、その嘱託契約も切れ、再就職先を捜していたが、この度ハローワークの斡旋で、学校の用務員として再就職が決まり、4月から勤務することになったそうだ。
 希望が叶って何よりでした、顔に似合わず人見知りするタイプだけど、知り合ってしまうと話は上手でとっても面白い男、大学も遊び過ぎで3年落第した男、再就職先でも楽しく人生送ってくれること願ってます、「学校が始まる前に是非、岬に遊びに来て下さい」待ってるよ・・・

 土井ちゃんとも久し振り、「実業の世界に戻ってこないの?」と、聞かれたけど、「ここでの暮らしが気に入って、都会へは戻る気がしないのです」ごめんなさい、それよりも「岬の海に遊びに来て下さい」  
 
                 目出たき祝いの宴    1月23日 
 
 なかなか子宝に恵まれなかった昔仲間が、この年末に念願叶って、早産ながら無事ご出産、今や母子共に順調との話を聞き、喜び勇んで昔懐かし、千葉栄町へと出掛けました。栄養をつけてもらおうと、駒形さんのチーズを持参して,
 
喜びを仲間たちとも共有、何やら、「バンザーイ」まで、してしまいました。

 
 いつものように思い出深い千葉県担当時代の仲間たち10数名が集って目出たき、めでたきパーティ大役を無事果たした彼女も今日はリラックス
 一方で多娯作も、
飲むほどにいつもの癖、ついつい楽しくなり過ぎ主役を忘れ、すっかり昔へと帰ってしまい、今日もはしゃぎ過ぎ、例によって反省の夜です・・・ 

   
   
 身近にあって、気心知れ合った昔仲間といると、時間が過ぎるのもあっという間、仕事を続けながらの子育て、それもケッコウ厳しいとは思いますが、「何とか乗り切ってくれること念願してます、心身共に若い貴方、ほんとにおめでとうこれからもガンバッテ・・・

         OB 忘年会 赤坂 四川飯店  2006年12月

 今や、甘ったれたことなど言えない歳、愚かに歳だけ重ねた多娯作です。
 
 先輩の皆様方と一緒にいると、若かった昔に戻れます、多娯作にとって「気がおけず、唯一甘えられる集い」ということになるのでしょうか、年に数回お会いできることはとても楽しみです。
 
 ご高齢となられた先輩も多く、遠方よりご健康を祈っております。

 

 

  
                 お世話になった先輩方、感謝してます

  昔仲間のテニス部がやって来て老体で今日もヨタヨタ


  

  


千葉の昔仲間たち  2006年 初夏

  互いに声を掛け合って集ってくれる昔の仲間たち、これまた何にも増して嬉しい時間。
今にしておもえば、「みんなの青春の大部分を預かっていた時代」ということになるのでしょうか?責任は痛感しますが、皆の顔を見ていると、何だかホッとして、ついつい酒が進みます。
 「みんなに感謝」、遠い昔に帰れる時間です。


  

  

 



 




二人の新年会  幕張プリンスホテル

仕事で九州へ行っていた友人が東京へ、戻ってくるとのこと、良かった


           OB新年会
 東京會館   
  2006年2月

いい写真、思い出が撮れました 











                       仲間がやって来て

  

  

 




  テニス部が来て、 2005年5月

みんなが、ラケットプレゼントしてくれた感謝


 

 

    



                   長柄エアロビクスセンター

          合宿二日目は嵐となって、室内で卓球とバドミントンに変更となった

 

  


                       仲間がやって来て

                   駒形さんの庭を借りてバーベキュー


  

  

  
            駒形ガーデンにてバーベキュー、鳥のさえずりが迎えてくれた

                        
              テニス部がやってきて


 

 
      
  世話になった快適なクルーザー「ドリーム号」、この日売却することとなって、別れの日

  

                        
                      駒形さんのチーズ工房で

   
   
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