詩&ひとりごと
  3月
  
      春を探して今日もヨタヨタ   08.3.27
 
 いい季節が巡ってきて、天気が良い日は家の中にいるのが勿体ない海の匂い、花の香りを探し、当てのないドライブ&ウォーキング・・・、

  

       白砂青松の御宿、御宿といえば月の砂漠が欠かせない 

 

     紐で結んだ銀のかめを後ろに下げたお姫様は、こんなお顔をしています

 

           夏になれば賑わう御宿ビーチも、今は閑散

 

  メキシコ塔  江戸の昔、遭難したメキシコ船を地元の漁師たちが
            救助したことから、御宿とメキシコは友好関係にあるのです。



             木イチゴの類でしょうか?

 

    花だか実だか判りませんが、この木は一体、何んでしょうか?
 
 

            ソメイヨシノとヤブツバキでしょうか・・・

 

             ヤマザクラと、白いモクレンが満開でした



                    菜の花

    

  御宿小波月の海岸、潮風に削りとられて断崖絶壁、小島の上にはウミウが休息中


 

    

   御宿岩和田から、大原方面岩船にかけては男性的な海岸線です
         大勢の神様たちが乗った船が座礁した、と伝えられている、釣師海岸

 

       このあたり、磯の香り、海藻の香りが強烈です



         海に突き出た岩舟地蔵尊、これは珍しい風景です

 

 

  斜面が多い海岸線には、岩盤を繰り抜いたトンネルが、あちこちにあります
           トンネルをくぐった先に海岸線が見える、これもよくある風景です

 

 岩舟にある日蓮宗の光明寺というお寺さん、人一倍信心深い訳ではないのですが、神社仏閣には、伝統的建築様式や、彫り物、仏像などが残っているので、それらを見るのが楽しみなのです。

 



 花の色は違うのですが、ツワブキと形が似ている草花、なんという名前なのでしょうか?



  春の色や匂い、春を体で感じたくて、ひとりフラフラ尋ね歩いた海岸線でした。


    

         
              悲しい知らせ  08.3.13

 電話で、「娘が亡くなったよ・・・」 沼津に住む学生時代の友人Kが憔悴した声で話し掛けてきた。

 悲しい知らせに掛ける言葉もみつからないが、せめて「これから人生やり直すつもりで、元気を出せよ・・・」その程度の慰めしか出てこない。

 思い出すと今から30年近く昔の話、当時K夫妻には男の子がひとりいたが、二人目は女の子が生まれとても喜んでいた。
 学生時代の印象とはすっかり替わって、今やとても子煩悩な父親になっていたのでした。

 ある日我が家の二人の子供を連れて沼津まで遊びに行きました、ロープウエィに乗ったりして、観光させてもらい帰宅して数日経ったころのこと、K夫妻は共稼ぎのため娘さんを保育園に預けていたのですが、保母さんが目を放した隙に、娘さんが池に落ちてしまったそうです。
 ところが保母さんはそれに気がつかず、発見されたのは長い時間が過ぎてからのことでした。
 慌てて助け上げ救急治療を施し、一命は取り留めたものの、以来娘さんは意識が戻らず、植物人間になってしまったのでした。

 両親の落胆振りは想像を絶するものがあり、以来K夫妻は意識が戻らぬまま入院生活を続ける娘のため、毎晩夫妻のどちらかが病院に泊り込んで看護をする、といった苦渋の生活を強いられることとなりました。

 あれから30年近くの月日が流れ、寝たきりの娘さんは、一度も意識が戻ることなくあの世に旅立たれたのでした。

 事故から20年ぐらい過ぎたころ、Kと話をしたことがありました、「娘さんのことも勿論大切だけれど、時には夫婦二人の生活も大切にした方がいいんじゃないの?・・・」そんな意味のことを言ったところ、即座にKは、「自分の子供なんだから、どんなことがあっても見捨てる訳にはいかない、毎晩夫婦のどちらかが隣で寝て、いつか必ず回復すると信じているんだ」

 K夫妻は幸いにも地方公務員だったので、時間的にはある程度恵まれていたのかも知れない、私が勤めていた民間企業だったら、とてもそこまでの看護が出来たかどうか、自信がもてない。

 いや、そんなことを超越してK夫妻の、親として人間として、子を思うその信念、言動に頭が下がり、不用意な発言をしてしまった自分を恥じ入るばかりでした。

 この世に生を受け、人間として生きられたのは1000日という短い時間、以後主張することも行動することも許されない一万日を生き、そして旅立った娘さんでした。

 この世に矛盾と不公平が満ち満ちていることなど、知らない私ではないけれど、身近に起こった不幸と、不公平、それに抗うことなく立派に親としての勤めを果たした友人K、改めて「あなたは偉かった、人間として、とても尊敬するよ、もしも立場が逆で、私の身に降りかかった不幸であったら、自分はあなたのように強い意志と信念をもって、あなたの真似ができたかどうか、とても自信は持てないと思うよ」

 電話口でKは言ってました「娘が生き甲斐だったんだよ、気が抜けて人生の張り合いが無くなってしまったよ」 

 「落ち着いたら是非、岬の我が家にゆっくりと遊びに来いよ、二度目の人生これから始めるようなつもりで、語り合おうじゃないか、本当にあなたは偉かった、人生マダマダこれからだよ」

 今はただ、「せめて、あの世で安らかなれ」それを祈るのみです。  合掌



          仲間&家族  08.3.2

     

                  千葉城(猪鼻城)

 過日、千葉市にある千葉城(猪鼻城)に行った際、ある石碑が目に留まった、石碑には次の文字が刻まれていた、「教師とは、悲しきものか、老いつつも、ひとりひとりの児ら、忘られず」 我が仲間にも、数名の教職者がいます。
 私自身は教職にあった訳ではないのですが、その心境は理解できるような気がします。

 昨日は、同じ職場にあってかつての部下だった後輩から電話が入り、「会社を退職することにしました」 とのこと、退職を思いついた経緯等、詳細は判らないものの、
私自身職場を去って7年にもなるのですが、かつての部下や仲間たちのことはいくつになっても気になるもので、教師の心境と重なるものがあるのです。

    

         いすみ自然と環境の里センター 08.3.7

 このところ、嫁にいった娘が帰省しているので、今日は愛犬を含め4人で、春未だ浅いいすみと大多喜へ、近場の散策に出ました。

 初めに行った「いすみ自然と環境の里センター」という所は、私たちの他にお客さんは一人もいなかった。
 園内をリクを連れて散歩していたら、何やら館長らしき人が出て来て、「誠に申し訳ないのですが、犬を連れて公園内に入られると、犬の匂いで野鳥が来なくなってしまうので、庭に犬を入れないで下さい、道路であれば構いません」 とのこと、何やら理解困難な理屈を言ってきた。
 
 我が家にとって犬は家族の一員、我が家のベランダには、犬が昼寝してても毎日いろいろな野鳥がやって来るのに、この館長も以前は教職にあった人らしいのですが、教職者にもいろいろいるものです。
 
 昼間の犬を締め出したところで、夜になればキツネやタヌキやハクビシンなど、いろいろな生き物が徘徊していることぐらい、この館長だって知ってる筈なのに、またそうでなければ「自然の里」などと、偉そうなこと言えないと思うのですが、どんなものでしょうか?・・・

 それとも、犬を連れて公園に入ってはいけない、他の理由があるのかしらん。

           
  
           万木城公園

 
続いて向かったのが万木城公園、ここも無人の公園で、客は一人もいなかった、いかにも「とりあえず作ってみました」というような、小さなお城ですが、展望台を兼ねていて、ここから岬の海も見渡せるし、平野部分の眺めもなかなかのもの、野鳥もたくさん鳴いていて、のんびり出来る所でした。 愛犬リクも、思い切り走り回って良かった、良かった。
 

 

白梅、紅梅が咲いていました、誰もいない静かな公園 展望台からの眺めはナカナカ

  

 

           
 
         続いて向かったのは大多喜城

 
城下町大多喜は小江戸とも呼ばれ、江戸時代の建物を再現させた商店もあって、風情豊かな町、ここの高台にもお城があって、こちらは万木城とは違って、かなり立派なたたずまいを残しているのです。

 

 お昼になってお腹がすいたのですが、犬連れで入れそうなお店が見当たらないので、お弁当を買って、城内の公園でいただきました、まだちょっと寒かったのですが・・・ 

 

  

   枝垂れ梅がきれいでした  土産物店に入ったのですが、特に買いたい物も無く



    我が女房、「娘と、愛犬リクと一緒にいる時が一番楽しい」 そんな一日でした。